パナソニック若狭工場事件、控訴審・意見書(京都府立大学・中島正雄教授)

京都府立大学公共政策学部
中島正雄教授 意見書


はじめに

 平成23年(ネ)第259号・地位確認等請求控訴事件(以下、「本件」と記述する)では、①偽装請負の場合に、請負業者の従業員と発注元企業との間に黙示の労働契約が成立するか否か、②労働者派遣法に定める雇用契約申込義務を派遣先が履行しなかった場合に、派遣先と派遣労働者との間で労働契約の成立が認められるか否か、および、③偽装請負および雇用契約申込義務の不履行が不法行為を構成するか否かが、争点になっている。これらの点について、労働法研究者としての見解を求められたので、以下、原審判決(福井地方裁判所・平成23年9月14日判決)に検討を加えながら、意見を述べる。


1 偽装請負における請負業者従業員と発注元企業との間の黙示の労働契約の成否

(1)原審判決の問題点

 原審において、原告は、被告PEDJと原告との間に事実上の使用従属関係、労務提供関係および賃金支払関係があることは明らかであり、原告が被告PEDJの若狭工場で就労を始めた当初から、両者の間には黙示の労働契約が成立していると主張した。しかし、原審は、被告PEDJによる原告に対する指揮命令および労務管理が行われていた事実は認定したものの、「原告の採用につき被告PEDJが関与していたとは認められ」ないこと、「原告が被告ケイテムから支払を受けていた給料等の金額を被告PEDJにおいて事実上決定していたとは認められないこと」、「被告ケイテムは、原告を含め自己の労働者に対し、入退社の確認、勤務管理、給与計算、社会保険被保険者資格得喪等の基本的な雇用者としての管理を行っていたこと」を総合勘案して、原告の主張を認めなかった。こうした原審の判断は、特に、被告PEDJの賃金支払の意思の認定の点で、また、被告ケイテムによる労務管理を判断要素として取り上げている点において、偽装請負事例における黙示の労働契約の成否の判断方法として、適切でないと考えられる。また、原審判決には、原告と被告ケイテムとが期間雇用契約書を取り交わした当時の原告の認識に着目して、原告の請求を否定していると解される部分があるが、この判示部分は大いに問題である。
 原審判決に見られるこれらの問題点につき、それらの問題性を明らかにするためにも、以下、偽装請負の場合に、黙示の労働契約の成否をどのように判断すべきか、その判断基準について、項目を改めて、述べることにする。

(2) 黙示の労働契約の成否の判断基準

 労働契約に基づかずに、他人に指揮命令をして、労務を提供させることは許されない。それは、近代法の大原則である。ところが、現実には、労働契約なしに他人を指揮命令し就労させている事例が存在する(偽装請負のように第三者が介在している場合もあれば、個人請負のように第三者が介在していない場合もある)。このような場合に、実態をどのように法的に評価し、どのように規整していくのかが問われることになるが、そうした問いかけへの法的対応の一つとして、従来、判例・学説においては、労務提供の実態から当事者の契約締結意思を客観的に推認し、当事者間に黙示の労働契約の成立を認めることにより、労務提供者を労働者として保護し、指揮命令を下して労務を受領している者に使用者としての責任を負わせようとする理論的努力が積み重ねられてきたところである。

ア 労働契約の本質から導かれる判断基準

 黙示の労働契約の成否は、このような法的志向性を伴うものであるが、その判断基準は、何よりも、労働契約の本質から明らかにされるべきである。
 労働契約法は、労働契約を定義していないが、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」(第6条)と定めている。この規定からすれば、労働契約とは、「当事者の一方(労働者)が相手方(使用者)に使用されて労働し、相手方がこれに対して賃金を支払うことを合意する契約」(菅野和夫『労働法 第9版』〔2010年、弘文堂〕73頁)と定義できるであろう。すなわち、労働契約の本質は、①当事者の一方が相手方の指揮命令を受けて労務を提供すること、および、②相手方が労務提供の対価として賃金を支払うこと、についての意思の合致である。
 こうした労働契約の本質からすれば、黙示の労働契約は、指揮命令に従った労務提供とその対価としての賃金の支払についての、客観的に推認される黙示の意思の合致により成立すると考えてよい。したがって、黙示の労働契約の成否の判断において検討されるべき事実は、①指揮命令に従った労務提供の有無と、②労務提供に対する対価の支払(実質的な賃金支払関係)の有無である。そして、これらの事実が認められれば、特段の事情がない限り、黙示の意思の合致があったと推認することが相当である(同旨、川口美貴「松下PDP事件・大阪高裁判決の意義」労働法律旬報1682号〔2008年〕14頁)。

イ 労働者派遣と黙示の労働契約

 労働者派遣においても、上記の①「指揮命令に従った労務提供」および②「労務提供に対する対価の支払」の事実が認められるので、派遣先と派遣労働者との間に黙示の労働契約が成立することになりそうである。しかし、「労働者派遣法は、労働者派遣契約、および、派遣労働契約(労働者派遣法によって創設された、派遣元と派遣労働者との間の特殊な契約 ― 引用者注)という特別の契約類型を創設し、労働者派遣法の規制に従った適法な労働者派遣であるときは、例外的に派遣先企業と派遣労働者との間の労働契約の成立を否定し、労働契約の根拠なくして派遣先企業が派遣労働者に指揮命令することを許容していると解される」(川口・前掲論文15頁)ので、黙示の労働契約の成立は排除されることになる(アで述べた判断基準にあてはめると、「特段の事情」が存在する場合に該当する)。
 このことを敷衍すると次のとおりである。労働者派遣においては、派遣元と派遣労働者との間で、派遣労働契約が締結される。派遣労働契約は派遣法によって創設されたものであり、通常の労働契約とは異なり、派遣労働者となることへの労働者の同意を本質的な内容としている(このことの実定法上の根拠としては、派遣労働者の雇い入れに際して、あらかじめ派遣労働者として雇い入れることを明示するよう派遣元事業主に義務づけている派遣法32条を挙げることができる)。派遣労働契約に基づいて、派遣元は、派遣先を決定し、派遣労働者に対して、派遣先の指示に従って就労するよう命じる権限を有するが、自らは指揮命令権をもたず、派遣労働者が派遣先の下で就労した場合には、派遣元に対する義務を履行したものとして、派遣労働者に対して賃金を支払う義務を負うことになる。また、派遣元と派遣先との間では、労働者派遣契約が締結される。それは、「当事者の一方が相手方に対し労働者派遣をすることを約する契約」(労働者派遣法26条)であり、換言すれば、「派遣元が、自己の雇用する労働者を、雇用関係を維持したまま、派遣先の指揮命令を受けて、派遣先のために労働に従事させること」(同法2条第1号参照)を約束する契約である。そして、これらの契約を通じて、派遣先は、派遣労働者との間で労働契約を締結することなく、派遣労働者に対する指揮命令権を取得することになるのである。

ウ 偽装請負の事例への判断基準の適用

 偽装請負は、このような労働者派遣とは法的構造が異なる。偽装請負を行っている請負業者と従業員との間で締結されているのは通常の労働契約であり、派遣労働契約は締結されていない。請負業者と発注元企業との間では請負契約が締結されており、労働者派遣契約は存在しない。したがって、発注元企業は、請負業者の従業員を法的根拠なしに指揮命令し、就労させているのであり、両者の間に黙示の労働契約の成否が問題になりうる。
 アで述べた黙示の労働契約の成否に関する判断基準を偽装請負の事例に適用するにあたっては、注意すべき点がある。すなわち、偽装請負の場合には、労務提供者と労務受領者との間に第三者(請負業者)が介在するのであり、労務提供者と労務受領者の二者だけの場合(例えば、個人請負の場合)とは異なること、そして、この三者関係が請負業者と発注元企業の脱法の意図によって創り出されたものであることに留意する必要がある。これらの留意点は、賃金の支払についての意思の認定において、また、請負業者による労務管理や賃金支払の評価において、特に、重要である。
 まず、発注元企業の賃金支払の意思の認定については、次のように考えられる。
 偽装請負は、職業安定法や労働者派遣法の規制を免れようとする脱法の意図の下に創り出された法的関係である。発注元企業は、労働者を直接雇用するか、合法的な労働者派遣を受けるのでない限り、労働者を指揮命令して就労させることが許されないことを認識している。賃金の支払については、請負を偽装していなければ、(合法的な労働者派遣を受けるのでない限り)労働者に賃金を支払わなければならないことを承知しており、請負業者に支払う「請負代金」が労務提供の対価であることを自覚し、さらに、労働者にはその一部が控除されて賃金として支払われることを認識している。こうした発注元企業の認識に着目すれば、「労務提供の対価として請負業者に金員を支払う意思」が発注元企業に認められれば、労働者に対して賃金を支払う意思があると認定すべきである。
 次に、請負業者による労務管理や賃金支払については、以下のように法的に評価すべきである。
 偽装請負を行っている請負業者は、当然のことながら、偽装が明らかにならないように、雇用主らしい装いをこらす。例えば、労働者の出退勤を記録し、独自の賃金規程を設けるなどして、賃金を支払うのである。しかし、いかに粉飾を凝らそうとも、請負業者による賃金の支払は、労働基準法第6条が禁止する中間搾取に他ならない(後述4(2)参照)。したがって、請負業者が金員を支払っていることを理由に、請負業者の使用者性を認め、発注元企業と労働者間の賃金の支払についての黙示の意思の合致を否定することは誤りである。
 以上、要するに、偽装請負においては、発注元企業の側に「労働者を自ら直接指揮命令してその労務の提供を受け、その対価として請負業者に金員を支払う意思」が、労働者の側に「発注元企業の指揮命令の下に労務を提供し、その対価として賃金を受けとる意思」が、それぞれ客観的事実から推認されるならば、両者の間に黙示の労働契約の成立を認めることができるのであり、請負業者による労務管理や「賃金」の支払は、黙示の労働契約の成立を否定する判断要素とされてはならないのである。

(3)本件における黙示の労働契約の成否

 本件で、原告が被告PEDJの下で就労を開始した平成17年当時、被告ケイテムと被告PEDJとは業務請負契約を締結し、原告ら被告ケイテムの従業員を被告PEDJの下で就労させていた。当時、平成15年の派遣法改正により、すでに物の製造業務への派遣は解禁されており(平成16年3月から解禁)、製造工程で派遣労働者を就労させることが可能であった。しかし、請負形式を用いて労働者を受け入れてきていた企業の多くは、派遣法改正後も、同法が定めるわずかな責任や手続すら回避しようとして、偽装請負を継続した。被告PEDJもそうした企業の一つであったと思われる。
 業務請負契約の名目で原告を就労させていることが労働者派遣法に違反しているとの認識を、被告PEDJと被告ケイテムとが有していたであろうことは、想像に難くない。そうであるとすれば、ウで述べたことが本件に当てはまるのであり、原告と被告PEDJとの間に黙示の労働契約が認められて然るべきである。
 原審は、原告が受けていた給料等の金額を被告PEDJが事実上決定していたとは認められないこと、また、被告ケイテムが入退社の確認や給与計算等の雇用者としての管理を行っていたことを理由に、黙示の労働契約の成立を認めなかったが、理由に挙げられたこれらの認定事実は、本件における黙示の労働契約の成否の判断には不要である。本件で判断されるべきは、被告PEDJが「原告を自ら直接指揮命令してその労務の提供を受け、その対価として被告ケイテムに金員を支払う意思」を有していたと客観的に推認できるか否かである。
 また、原審は、原告が被告ケイテムとの間で交わした期間雇用契約書の記載内容からすれば、「当然、原告も被告ケイテムとの間で労働契約を締結したとの認識を有していたと認められる」とし、「被告主張の見地からすれば」との条件付きではあるが、「原告が黙示的にしろ被告PEDJとの労働契約締結の意思表示をしていたとは到底評価できない」と判示している。だが、この判示部分は極めて問題である。偽装請負においては、労働者は、発注元企業や請負業者にだまされて、請負業者を使用者であると信じて労働契約を締結するのであり、就労を開始して相当期間を経過して初めて発注元企業こそが真の使用者ではないかと感じるようになるのである。判示は、こうした事情を考慮することなく、被告ケイテムとの間で労働契約を締結した時点での原告の認識(それは、被告らの偽装が前提となって生じた認識である)を根拠に、原告の請求を封じるものであって、偽装請負の事例において黙示の労働契約の成否が問題になることの意味が全く理解されていない、と評さざるを得ない。


2 雇用契約申込義務が履行されない場合の派遣先と派遣労働者との労働契約の成否

(1)原告の主張と原審の判断

 労働者派遣法は、第40条の4で、派遣先が派遣可能期間を超えて派遣労働者を使用しようとするときは、派遣可能期間を超える日の前日までに、当該派遣労働者が派遣先に雇用されることを希望する場合には、当該派遣労働者に対して雇用契約の申込みをしなければならないと定めている。
 原告の主張は、被告PEDJは派遣可能期間の期限を知り得る立場にありながら、派遣法第40条の4に基づく雇用契約申込義務を履行することなく、原告の受入れを継続したのであり、このような場合には、派遣可能期間を超えた日に雇用契約申込義務を履行したものと評価し、原告の応諾(具体的には就労の継続)により、被告PEDJと原告との間に雇用契約が成立したと解すべきである、というものであった。
 これに対して、原審は、「労働者派遣法は、同法40条の4の規定の実効性を確保するために、厚生労働大臣による指導又は助言、さらに労働契約締結の申込みの勧告、それに従わないときは勧告を受けた者の公表という、あくまでも間接的な方法で労働契約締結の申込み(意思表示)を促すという制度を採用しているに止まる」のであり、このような労働者派遣法の制度のもとにおける解釈論としては、原告の主張は採用できないとして、原告の主張を認めなかった。
 以上の原告の主張と原審の判断の是非を論じるためには、①労働者派遣法に定める実効性確保の制度と裁判所の紛争解決機能との関係、②雇用契約申込義務の不履行が派遣先と派遣労働者の間の労働契約の成否に及ぼす影響、および、③偽装請負と雇用契約申込義務との関係を検討する必要がある。

(2)労働者派遣法上の実効性確保制度と裁判所の紛争解決機能

 労働者派遣法は、第40条の4の規定の実効性を確保するための制度を設けているが、原審が判示しているように、確かに、それらは間接的方法で労働契約の申込みを促すものである。また、労働者派遣法は、雇用契約申込義務の不履行があった場合に、派遣先と派遣労働者との間で労働契約が成立したものとみなす規定を設けてはいない。しかし、労働者派遣法の規制がそのようであるからといって、当事者の意思解釈を通じて、派遣先と派遣労働者の間に労働契約の成立を認めることが一切否定されるわけではない。
 法律に規定する行政機関による実効性確保措置が効果を発揮せずに、問題が深刻化することは起こり得る。このような場合に、当事者が法的救済を求めたときに、法の趣旨・目的に照らして、また、関係者の利害状況に即して、公正・衡平に問題を解決することは、裁判所に託された、裁判所固有の重要な機能である。派遣先が雇用契約申込義務を履行することなく派遣労働者を使用し続けることは、派遣可能期間を超えて派遣労働者を受け入れることを禁止する派遣法の規定(第40条の2第1項)に違反する。また、それは、派遣労働者が不安定な地位のまま、法的根拠なく労務を提供し続けること、派遣先が法律で禁止されている行為を継続し、法的根拠なしに労働者を指揮命令して就労させることを意味する。このような状況を考慮すると、むしろ、派遣先と派遣労働者との間に労働契約の成立を認めて、派遣労働者を救済することこそが、法的正義に適っていると考えられるのである。

(3)雇用契約申込義務の不履行と派遣先―派遣労働者間の労働契約の成否

 派遣先が雇用契約申込義務を履行することなく、派遣労働者を受け入れることは、派遣法に違反し、派遣先は、法的根拠なしに派遣労働者に指揮命令を下して就労させることになる。それは、合法的な労働者派遣ではないので、派遣先と派遣労働者との間での黙示の労働契約の成否が問題となりうる。
 この場合、派遣先については、「派遣労働者を自ら直接指揮命令してその労務の提供を受け、その対価として派遣元事業主に金員を支払う意思」が客観的事実から推認されれば、派遣労働者との間で労働契約締結の意思があると判断してよい。賃金の支払は、派遣元からなされているが、派遣元も派遣可能期間を超えて労働者派遣を行うことを禁止されているのであり(派遣法第35条の2第1項)、禁止に反して労働者派遣を続ける派遣元による賃金の支払は中間搾取に該当する。したがって、派遣元による賃金の支払を理由として、派遣先と派遣労働者との間の賃金の支払についての意思の合致を否定すべきではない。また、派遣先の認識に着目すると、適法に派遣労働者を使用しつづけるとすれば直接雇用して賃金を支払わなければならないこと、派遣労働者による労務提供の対価として派遣料を払っていること、その一部が派遣元から派遣労働者に賃金として支給されていることを、派遣先は認識していると考えられる。こうした派遣先の認識を前提にすれば、先に述べたように、派遣先の賃金支払いの意思は、「派遣労働者の労務提供の対価として派遣元事業主に金員を支払う意思」を認定することで足りると解すべきなのである。
 一方、派遣労働者については、「派遣先の指揮命令の下に労務を提供し、その対価として賃金を受け取る意思」が推認されれば、労働契約締結の意思を認定することができる。そして、その意思は、派遣先での就労を継続しているという事実から推認できるのである。

(4)偽装請負と雇用契約申込義務

 私見は、偽装請負は労働者派遣とは法的構造を異にしているが、労働者派遣法の一定の規定は、偽装請負に類推適用されると解するものである(後述3(1)参照)。
 雇用契約申込義務を定めた労働者派遣法40条の4が偽装請負に類推適用されるべきか否かについて考えてみると、偽装請負の事例では、偽装が明らかにならない限り、同条が遵守され、あるいはその実効性を確保するために設けられている厚生労働大臣による指導、助言、勧告等の制度が有効に機能することは期待できない。なぜなら、偽装請負は、こうした労働者派遣法の規定や制度の適用を回避することを目的としているからである。また、雇用契約申込義務や実効性確保の制度は、合法的に行われてきた労働者派遣を念頭に置き、それが派遣可能期間を超えて継続される場合を想定して設けられているように思われる。とは言え、偽装請負の継続は、合法的に行われてきた労働者派遣が期間制限に違反して継続すること以上に悪質であり、是正が求められるのであって、偽装が発覚した場合、第40条の4の規定や実効性確保の制度が、違法状態を解消し、適正な労働関係に改めていく上で有効であることからして、これらの規定・制度は、偽装請負にも類推適用されると解すべきである。

(5)本件における労働契約の成否

 本件において、原告が被告PEDJのもとで就労を開始したとき、原告と被告らの三者の関係は、いわゆる偽装請負であった。そして、就労開始から派遣可能期間の1年が経過した時点でも、偽装請負の三者関係は変わらなかった。
 1で述べたように、本件では、原告が就労を開始したときから、原告と被告PEDJとの間に黙示の労働契約が成立していると考えられる。しかし、仮に、これが認められないとしても、実定法に定められた派遣可能期間を超えた労働者派遣の受入れ禁止、および、同じく実定法に定められた雇用契約申込義務の適用を回避する被告PEDJの脱法の意図を重視し、また、何重にも重なる違法状態のもとで、不安定な身分のまま就労を継続してきた原告の状況を考慮すると、少なくとも、派遣可能期間を超えた時点で、原告と被告PEDJとの間の黙示の労働契約の成立が認められて然るべきである。


3 黙示の労働契約の成否に関する松下PDP事件・最高裁判決と本件との関係

 松下(パナソニック)PDP事件において、最高裁判所は、偽装請負における「注文者」と労働者との間の黙示の労働契約の成否ついて、初めての判決(最二小判平成21年12月18日・民集63巻10号2754頁)を下した。最高裁判決は、本件の審理においても参考にすべきものであるので、以下、「請負人」・「注文者」・労働者の三者間の法律関係と黙示の労働契約の成否に関する部分に焦点を当てて、判決内容を整理し、本件との関連について述べる。
 最高裁判決は、まず、偽装請負のケースにおける「請負人」・「注文者」・労働者の三者間の関係について一般論を展開している。すなわち、「請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合」においては、「注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば」、三者間の関係は「労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきであ」り、「それが労働者派遣である以上は,職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない」としている。そして、「請負人」と労働者との関係については、「労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われていた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはない」として、当該事件において「特段の事情」はうかがわれず、被上告人(労働者)と「C」(請負人)との間の雇用契約は有効に存在していたと解している。次いで、上告人(「注文者」)と被上告人(労働者)との法律関係を問題にし、上告人がCによる被上告人の採用に関与していなかったこと等の事実を指摘した上で、諸事情を総合的に考慮した結果として、黙示の労働契約の成立を否定している。
 偽装請負が労働者供給に該当するか否かについては、次の4つの見解がある。偽装請負は、(ア)そもそも労働者派遣とは法的構造を異にしており、労働者供給に該当するとする見解、(イ)形式的に労働者派遣に当てはまるとしても、派遣法の趣旨・目的等からして労働者供給に該当するとする見解、(ウ)派遣法2条1号の定義に該当する限り労働者派遣であり,職安法4条6項は労働者派遣を労働者供給から除外しているので、労働者供給には当たらないとする見解、および、(エ)原則として労働者派遣に該当するが、派遣元が人的・物的な実体(独立性)を有しておらずに派遣先の組織に組み込まれている場合や、派遣先の労働者募集・賃金支払の代行となっているような場合などには、例外的に労働者供給に該当するとする見解である。私見は(ア)であるが、最高裁判決は(ウ)あるいは(エ)の見解を採ると解される。
 この立場の違いは、「注文者」と労働者との間の黙示の労働契約の成否を検討する際の判断基準の相違となって現われる。すなわち、私見では、偽装請負は労働者供給に該当し、「注文者」は労働者を法的根拠なしに指揮命令し、就労させているのであって、そのこと自体が黙示の労働契約の成立を推認させる重要な判断要素であると捉えることになる。これに対し、偽装請負を労働者派遣であると解する最高裁判決の立場では、指揮命令に基づく労務の提供は、労働者派遣における言わば当然の事象であり、黙示の労働契約の成立を認定するためには、それ以外の特別な事情を必要とすることになり、認定のハードルが高くなるのである。とは言え、最高裁判決も、偽装請負における「注文者」と労働者との間での黙示の労働契約の成立を一般的に否定しようとするものではない。事案の具体的事実関係を重視して、総合的に判断する、というのが最高裁判決の立場である。
 私見は、本件において、原告と被告PEDJとの間に黙示の労働契約が成立すると解するものである(上述1(3)、2(5)参照)が、仮に、最高裁判決の立場に立ったとしても、本件において黙示の労働契約が成立する余地は十分にありうる。特に、原告が、当初は偽装請負の下請労働者として、その後、派遣労働者として、ほぼ4年間の長期間にわたって就労を継続していたにもかかわらず、被告PEDJが雇用契約申込義務を履行することなく放置してきたことは、最高裁が判決を下した松下PDP事件には見られない本件の特徴的な事実である。この他、本件の具体的な諸事実を総合して判断することにより、黙示の労働契約の成立を認定する余地は十分に存在すると考えられるのである。


4 偽装請負および雇用契約申込義務違反の不法行為該当性

 本件において、原告は、被告らと原告の三者間の関係を被告らが偽装したこと(被告PEDJと被告ケイテムとの間で請負契約を締結したこと、および、被告ケイテムが原告との間で労働契約を締結したこと)ならびに被告PEDJが雇用契約申込義務に違反したことが不法行為に該当する、として慰謝料を請求した。原告は、請求の理由として、主位的には、被告PEDJと原告との間に労働契約が成立することを前提に、正社員として取り扱われる利益が侵害されたことを主張し、予備的に、被告PEDJとの労働契約が認められない場合、被告らが「雇用の安定を図る措置を執るべき義務」に違反したことにより、「就労を継続できる利益」が侵害されたことを主張した。
 これまで縷々論じてきたように、原告と被告PEDJとの間には労働契約が成立すると考えられるので、原審の判示のうち、原告の主位的主張に関する部分については、さらに論述することは避ける。以下では、原告の予備的主張に関する原審の判示について検討する。


(1)偽装請負と職業安定法違反

 原審は、まず、被告らと原告の三者関係は、「労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである」とし、松下(パナソニック)PDP事件・最高裁判決を引用して、「このような労働者派遣も、それが労働者派遣である以上は、職業安定法4条6項にいう労働者供給には該当せず、同法44条違反ともならない」と判示している。
 しかし、本件の三者関係は偽装請負であり、偽装請負は労働者派遣とは法的構造を異にしており、職安法が業として行うことを禁止している労働者供給に他ならない。すなわち、すでに述べたように(1(2)イ参照)、労働者派遣においては、派遣元と派遣労働者との間では、派遣労働者であることへの同意を本質的な内容とする派遣労働契約が締結される。また、派遣元と派遣先との間では、労働者派遣を行う旨の労働者派遣契約が締結される。これに対して、偽装請負の場合には、派遣労働契約も労働者派遣契約も存在しないのであり、労働者派遣の三者関係は成立しない。したがって、偽装請負には、職安法が当然に適用されるのである。
 なお、偽装請負は、労働者派遣とは法的構造が異なるが、第三者が介在して法的根拠なしに指揮命令が行われる点では、労働者派遣法による合法化の枠組みから逸脱して行われる違法な労働者派遣(派遣禁止業務への派遣、許可・届出を行っていない者による派遣、期間制限に反する派遣)と同様であり、また、違法派遣に関する労働者派遣法の諸規定は偽装請負の解消にも有効であるから、これらの規定は偽装請負に類推適用されると解すべきである。

(2)労働者派遣と中間搾取

 次に、原審は、「労働者派遣は派遣元と労働者との間に労働契約関係及び派遣先と労働者との間の指揮命令関係を合わせたものが、全体として当該労働者の労働関係となるものであり、……労働関係の外にある第三者が他人の労働関係に介入するものではないと解される」ので、中間搾取には該当せず、本件では、労働基準法6条違反の問題は生じないと述べている。
 このような解釈は、学説の一部にも見られるが、技巧的に過ぎる。労働基準法6条の規定を素直に読めば、派遣元事業者は、「他人の就業に介入して利益を得」る者に他ならない。したがって、労働者派遣は中間搾取に該当する。しかし、それが派遣法によって合法化される限りにおいて、労働基準法6条に定める「法律に基づいて許される場合」にあてはまり、同条違反の問題は生じない。このような考え方が、学説の多数説である。
 本件は、偽装請負の事案であり、偽装請負を労働者供給そのものであると解する私見では、本件の三者関係は労働基準法6条に違反すると考えられる。私見とは異なり、偽装請負は労働者派遣に該当すると解する立場に立つとしても、労働者派遣法による合法化の枠組みを逸脱する本件の三者関係は、労働基準法6条に違反すると解すべきである。

(3)労働者派遣法と派遣労働者の権利

 原審は、本件において、労働者派遣法に違反する状態が続いたことを認定した上で、被告らが派遣法違反であることを知りながら、原告を派遣労働者として就業させたことが、原告に対する不法行為を構成するかについて検討する必要があるとして、まず、原告の主張する「雇用の安定を図る措置が執られることにより就労を継続できる利益」について検討している。そして、労働者派遣法は取締法規であり、派遣労働者に権利・権限等を認めておらず、「間接的に派遣労働者の権利利益を守ろうとしているに止まる」とし、「労働者派遣法が守ろうとしている派遣労働者の利益は、…不法行為法上、法的保護に値する利益とまでは評価でき」ず、「したがって、被告らの行為が労働者派遣法に抵触するにしても、それが原告に対する不法行為を構成するとは認められない」と結論づけている。
 しかし、労働者派遣法が取締法規であることを理由に、労働者派遣法が派遣労働者に権利を認めていないと解するのは、短絡的である。労働者派遣法は、確かに、指導、助言、勧告等の行政機関の権限を定めた規定を含んでおり、その点からすれば、取締法規としての側面を有している。しかし、他方、同法は「派遣労働者の就業に関する条件の整備等を図り、もつて派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的と」している(1条)。また、度重なる改正では、事業規制の緩和が進められた一方で、派遣労働者の保護の強化が常に改正の眼目に掲げられ、その方向での規定の整備が徐々に進められてきている。こうした点からすれば、労働者派遣法は、労働者保護法としての側面も有しているのである。
 さらに、派遣法の条項が派遣元や派遣先に一定の作為・不作為の義務を課す場合に、当該条項に定められた義務は公法上の義務にすぎないのか、それとも、派遣元や派遣先が派遣労働者に対して負う私法上の義務でもあるのか否か(言い換えれば、派遣労働者は当該条項に定める義務を履行するよう請求する権利を有するのか否か)は、条項ごとに、その性格に即して判断されるべきである。当該条項が設けられた経緯、立法趣旨、当該条項が実現を目指す法状態などを具体的に考慮することにより、当該条項が私法上の義務を定めている(派遣労働者の権利を認めている)と解すべき場合も当然ありうるのである。

(4)雇用契約申込義務の法的性質 ― 私法上の義務か否か

 原審は、原告の主張する「直接雇用されることによる就労を継続できる利益」について検討を加え、労働者派遣法40条の4に定める雇用契約の申込みについて、以下のように判示し、原告の主張を認めなかった。すなわち、「派遣先はこの雇用契約の申込みをするか否かを自由に選択できるうえ、申し込む際の契約内容(労働条件)についても自由に選択できることからすると、派遣労働者の地位は派遣先の判断によって労働契約の申込みを受けるかもしれないというものに止まるのであって、その利益は上記条項の違反につき不法行為を構成するほどの法的利益とまでは評価することはできない」と述べ、「したがって、労働者派遣法40条の4に違反していた被告らの行為が原告に対する不法行為を構成するとまでは認められない」と結論づけた。
 労働者派遣法40条の4は、派遣可能期間を超えて継続して労働者派遣を受けることを禁止する同法40条の2第1項を前提にしている。雇用契約の申込みを派遣先に義務づける40条の4は、派遣可能期間を超える派遣労働の受入れ禁止の実効性を確保し、かつ、派遣労働者の雇用の安定を目的として設けられた規定であると解することができる。こうした同条の目的を直視するならば、派遣先は、公法上の義務を負うのみならず、継続して使用しようとする派遣労働者に対しても、申込み義務を負うと解すべきである。労働者派遣法が、厚生労働大臣による指導や勧告、企業名を公表する制度まで整えて、義務の履行を徹底させようとしているのに、派遣先の私法上の申込義務を否定して、派遣労働者からの義務の履行請求を認めない解釈は、法体系に矛盾を持ち込み、また、現実を変えようとする立法者の政策的意思を軽視するものであり、適切でない(同旨、萬井隆令「偽装請負における業者従業員と発注元との労働契約関係の成立について」労働法律旬報1694号[2009年]27頁)。また、こうした解釈をとれば、派遣先が是正しない限り、違法状態は継続することになり、結果的に、違法行為を容認し、放置することになってしまうのである。
 原審は、「派遣先はこの雇用契約の申込みをするか否かを自由に選択できるうえ、申し込む際の契約内容についても自由に選択できる」と述べている。確かに、派遣先が雇用申込義務を負うのは、期間制限に抵触することになる派遣労働者を継続して「使用しようと」する場合であり、原審の述べるように、継続して使用するか否か、ひいては雇用契約の申込みをするか否かは、派遣先が選択すべきことである。しかし、本件は、派遣先がその選択を終えて、違法に(雇用申込義務を回避するために法的な偽装まで凝らして)派遣労働者を継続して受け入れていた事案である。本件では、自由な選択の余地などなく、被告PEDJの原告に対する雇用契約申込義務はすでに発生していたと解すべきである。
 原審は、「申し込む際の契約内容についても自由に選択できる」と述べているが、むしろ、一定の制限に服すると解すべきである。このことを説得的に論じる学説があるので、それをほぼそのまま引用する。派遣先の雇用契約申込義務は、「派遣労働者として使用し続けてきて派遣期間を満了し、さらに当該労働者を使用し続けようとする状況を前提とする。そこで結ばれることになる労働契約は、自ら指揮命令して就労させてきて、当該労働者の能力、作業態度等も十分に把握しており、処理すべき業務も続く見通しがある、という状況で結ばれる労働契約である。したがって、経営者の主観的意図はともかく、長期に継続して現に期間の定めのない契約と異ならない状況にある当該労働契約に改めて期間の定めをすることは法的合理性に欠ける。40条の4により成立する労働契約は、それを特に合理的と解する根拠がない限り、期間の定めのない契約であると解すべきである。
 なお、その契約の他の労働条件は交渉―合意によって決せられる。ただ、その場合には、他の正規従業員の労働条件と差別されてはならないから、自ずから、交渉の範囲は限定されることになろう」(萬井・前掲論文27頁参照)。
 以上のことから、本件において被告PEDJは原告に対して雇用契約申込義務を負っており、その履行により「直接雇用されることによる就労を継続できる利益」は、法的保護に値するものであり、原告が求める不法行為に基づく損害賠償請求は当然に認められるべきであると考える。


5 結論

 被告PEDJと原告との間には、原告が就労を開始した当初から、黙示の労働契約が成立していたと解することができる。原告が被告らに求めている不法行為に基づく損害賠償請求は、認められて然るべきである。

以上

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック